「メーデー!メーデー!メーデー! 4.30弾圧を許すな 8.5プレカリアート@アキバ 〜やられたままで黙ってはいないサウンドデモ→集会〜」を準備するにあたって、東京都公安条例(正しくは「東京都集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例」)に則り、主として警視庁本庁でデモ「申請」を行い、最終的に出発地の管轄署である神田警察署に「申請」書類を提出してこれを受理させ、2006年8月4日に東京都公安委員会より「許可証」が交付されました。また同時に、2000年次の「自由と生存のメーデー」では必要とされなかった「荷台乗車」の申請も道路交通法56条に基づいて行い、出発地の管轄署・神田署に「申請」し、「許可」を得ました。
私たちは、デモに付随するPRカーを、「デモ申請・許可」の慣行のなかで長らく正当なものとして解釈されてきた「宣伝車輛(PRカー)はデモと不可分・一体のもので、一般の交通秩序とは異なった特別の配慮が払われている」ものとして扱う前提を覆す意図はありません。この前提によってデモにおけるPRカーは自動車などの一般走行よりもかなり遅い速度(時速2〜3km)で走行し、それは当然の慣行・権利として実施されてきました。従来のデモも、トラックの荷台にDJを乗せて音楽を流す「サウンドデモ」(レイヴデモ)も同様です。
今回のデモ申請に際しては、06年4月30日の「自由と生存のメーデー」への弾圧に顕著に現れているように、DJの荷台乗車に関して急にその判断を変えてきた(あるいは方針を統一した)警視庁に対して、私たちはあくまでサウンドカーも「デモのPRカー」であり、東京都公安委員会のデモ「許可」によって法定速度内の通例的運用・解釈から除外された特別の位置にあるものとして主張し、警視庁の対応を批判しました。しかし警視庁警備課(警備連絡係)の警察官は、「個人的な見解」として「DJの荷台乗車は荷物を押さえるという目的以外の乗車であり、道交法55条に違反すると思う」という意見を示しつつも、「4月30日には(弾圧事件の)現場にはいなかったから断言はできないし、(警察の)公式見解というわけではない」と及び腰でした。「では4.30弾圧を主導した公安部に見解を糺せ」と要求しても「公安は何も教えてくれないよ」と逃げ口上ばかりで埒があきません。4.30弾圧では弾圧被害者は全員起訴されずに釈放されているので、法的な決着がはかられていない状態、つまり警視庁の態度を見る限り「(東京での)DJの荷台乗車はグレーゾーン」のままです(私たちは「DJ荷台乗車無罪」を主張しますが)。
私たちはいわゆる「サウンドデモ」(レイヴデモ)を行うにあたり、その「申請」の困難さを想定し(※1)、7月23日以来都合三回も警視庁に赴き、警視庁の「荷台乗車」と「示威行進」の関係についての見解を明らかにさせ、あくまで「サウンドデモ」も通常のデモと同じように公安条例に基づいた「申請」のみで行なえるはずだと主張しつつも、現実的にどのような対策を講じられるかを検討してきました。仮に警視庁の警備課が「デモ申請だけでDJ荷台乗車OK」の判断を「個人的に」示したとしても、4月30日の弾圧は警視庁公安部の主導で行なわれており、再び「公安と現場が乖離した」状況での「だまし討ち」にされるのは避けたいと考え、暫定的に得た結論は、「それほどまでに警視庁が過去の慣行に反して(※2)、デモ隊列に道交法を杓子定規に適用する構えであるなら、目的外の荷台乗車の申請・許可について規定している同じ道交法56条に則り、荷台乗車の申請もする」というものでした。
以下、その顛末を時系列にそって簡潔にまとめておきます。「届け出のデモを行なうにはどうしたらよいか」の情報を求めている方々にとって少しでも参考となれば幸いです。なお「申請」は一人でもできますが、不当に権利を制限されるようなことを言われた場合、条例や法に関する知識などで補いあうことを想定して、できるだけ複数人で行くのがよいでしょう。
1)デモの「申請」は、各都道府県が定める「公安条例」にしたがって行なわれるものです(つまり条例が制定される以前の「戦後の一時期」はデモを届け出る必要もなかったということを意味しています)。都の公安条例によれば、デモ出発地の管轄署(所轄署)を窓口として経由して公安委員会に届けることになっています。コースや交通条件などの実際的な調整は警察署で行なうことになりますが、あくまで警察署は「申請」を必ず受理しなければならない窓口にすぎず、「許可/不許可」の判断をするのは公安委員会と定められています(とはいえ「委員」以外の庶務・実務は警察法による各都道府県の警察官が行なうものとされており、実質的に都道府県公安委員会は「独立」機関とみなすことはできません)。また公安委員会は憲法の規定する「表現の自由」の手前もあり、デモの表現内容を事前検閲してはならないことになっており、余程の外的状況がない限り「不許可」することは滅多にありません(そのこともあって私たちは「申請」のことをあえて「届け出」ということにこだわります)。東京では過去に王子野戦病院反対共闘会議の集会・デモ(1968年4月8日、反戦青年委と市民が実力で敢行)、六月行動委員会の佐藤首相訪米阻止の集会・デモ(1969年11月17日)などが禁止になっています。なお六月行動委員会は行政処分執行停止を訴訟で勝ち取ったものの、首相の「異議申し立て」により執行停止を取り消されました。
余談ですが、今回私たちが最初から出発地の管轄署ではなく警視庁に赴いたのは、4.30弾圧と道交法との関係について糺すこともありましたが、希望するデモコースが警察署の複数の管轄にまたがるため、警視庁による各所轄署間の調整が前提とされるためもあります。各所轄署の警備課の仕事である交通整理などに関する引き継ぎの調整を、本庁が頭越しに行なっています。うーん、中央集権的。
2)東京では2002年12月を嚆矢として、続く03〜04年にも多くの「サウンドデモ」が集中して行なわれましたが、それらはデモ「申請」だけで敢行され続けたものです。同時期に関西で行なわれた同様の「サウンドデモ」の場合もまたデモ「申請」だけで済んでいます。あるいは05年に入っても、前記したとおり「自由と生存のメーデー」では「申請」だけの「サウンドデモ」が行なわれています。この現場慣行が存在しているにも関わらず、警視庁は今年になって急に「DJ荷台乗車は道交法55条違反」としてきたわけです。しかも公安警察が所轄署警備警察・機動隊の頭越しに弾圧を準備・指揮し、実際にDJを逮捕したのは警視庁公安部の警察官でした。
私たちはこの事態に対し、あくまで「デモ申請だけのサウンドデモ」の歴史性・正当性を訴え続けるものですが、あらゆる表現行為を取り締まろうと躍起になっている公安警察の危険な動向を鑑み、現実的な可能性を検討することになったのです。
■2006年7月23日(月) デモ「申請」@警視庁
実行委員4名と取材希望の同行者1名で、11時30分頃警視庁にデモ「申請」に赴く。警視庁の正面玄関から入ろうとするが、脇の玄関に回される(その謂れはないものの)。受付で「来庁者カード」を書け・書かないで揉める。「デモ申請で今までそんものを書いたことがない」とはねつけるも、警備課も引き下がらず時間がもったいないので、法的規定はないものの代表者のみ書いて後は名字のみメモで済ませる妥協(この間30分)。
こののち、デモ「申請」の過程の撮影(ビデオ・写真)による可視化を巡って紛糾、受付付近で「規則ですから認められません」に対して押し問答。庁舎管理室所属の警察官にどういう法的根拠があるのかを問うと、庁舎管理室の「規則」により内部撮影は「皆様にご遠慮していただいている」という。「規則」や「内規」は「内部のお約束」として決められているだけのものではないのかと問うと、とにかく「皆様にご協力いただいています」。ではその規則を見せて下さいというと、「そういうものはありません」。規則なのに文章がないというのはおかしい、仮に情報公開請求したら出てくるのかと糾問すると、「慣行なんです」。え、慣行? 慣行でダメって強制はできないよねとさらに紛糾。後で質問や異議申し立てを行なう場合の連絡責任者を問うが、それも押し問答になり無為に時間が流れる。結局、ビデオ・写真の撮影はしない代わりに録音をして「交渉」の記録をすることを認めさせる。(この間1時間30分、受付付近でたむろしている間によく見る顔の公安二課の警察官が通過)
後で調べたところ「警視庁庁舎管理規程」があり、庁舎管理室の警察官がこの規定を知らないわけがなく、嘘をつかれたことが判明。なぜ庁舎管理室の警察官が嘘をつく必要があったのかといえば、この規程が定める「禁止・制限」事項にすら撮影行為が含まれていないためと思われる。また、この規定によれば庁舎管理責任者の設置がうたわれている。警視庁庁舎管理室の見識を問う。情報公開請求をかけるまでもなく、この規程は公開されている。【警視庁庁舎管理規程】
警察官が自らの職務について嘘をつくというのは、それこそ服務「規程」に反さないのだろうか。
受付脇の警備課関係の応接室に通され、警備部警備部第一課・警備連絡係の二名と「折衝」。以下の要領で「こちらの意向」を伝え、出方を見る。
1 デモ名称と主旨の説明
2 希望コース
3 デモ形態(トラック荷台乗車を前提とする「サウンドデモ」)について
1・2に関しては内容の説明はすんなりいくものの、やはり3で長い「議論」に(前述した基本的な警視庁警備課との応酬はこのときになされた)。争点はDJ荷台乗車に対する道交法適用の是非をめぐるものに。警備課は「公式見解ではない」と断った上で、「道交法に違反すれば警告するし、警告にしたがわない場合は同じ事態になると思う」と発言。これに対して4.30ではDJに対して誰何もなく音楽を止めたら操作した(=目的外乗車の行為)という理由で公安が逮捕したのはおかしい、なぜ運転手と同じく行政処分(青切符)にならなかったのか、恣意的な弾圧なのではないかと問うと、「現場を見ていないから」と逃げる。
埒があかないので、「4.30は本庁公安リードの逮捕事件だし、本庁警備、本庁公安、所轄警備で、あくまで荷台乗車DJでサウンドデモをやりたいいう要望についてどうするか、またそのための代案である道交法56条に基づく荷台乗車申請を実行したらどうなるのか、そのへんよく見解まとめておくように。また4.30への道交法55条適用はなぜなのかを公安に確認しておくように」という主旨の宿題を出す。
また2のコースに関しても秋葉原の「中央通」は公安条例制定後、一度もデモを通していないという。「皆さんにご理解いただいている」と繰り返すので、「理解できない。車線も広いし、そもそも公道であれば通れるはずだから所轄署(万世橋署)と検討するように。判断するのは公安委員会だからこの場で書類書いて受理してもらってもいいんだけど」と、これまた宿題。終わった時間は午後3時半。
■2006年7月26日(水) デモ「申請」@警視庁/荷台乗車「申請」@神田署
今回は実行委5名が警視庁を午後一で訪問。「アポあるから」と警備をふりきって正面玄関に。さらに法的根拠のない来庁者カードによる個人情報の収集を拒否して、庁舎内に(庁舎内で利用客として模索舎によく来る公安に遭遇、顔を隠して逃げるようにその場を立ち去る)。警備課が慌ててカードを持ってきて「頼みますよ〜」と知っている顔の名前を勝手に書くので、任意の名前を主張(自ら書かず)。この日も録音。
のっけからコース「折衝」でまたも埒あかず、月曜以来万世橋署との調整結果を問うと、どうやらしていなかったらしい。月曜「折衝」参加者が態度硬化。警備課がとにかく「万世橋署と調整させてくれ」の一点張りなので、またも宿題に。
荷台乗車に関してはやはり本庁警備課の「見解」は変わらず。公安に聞いたのかというとやはり聞いていない模様(「公安は教えてくれないよ」)。デモには本来は必要ないはずだと主張しつつ、道路交通法56条に基づく荷台乗車「申請」をやるからと宣告。「できないと思うけどなー」などという警備課に対して、「判断するのは出発地の所轄署の署長。イイカゲンなこと言わないで」と一蹴。
コースについて早急に所轄と詰めてくれと要求し、毎日電話で進捗状況を確認するからと告げてこの日は警視庁はおしまい。この間およそ2時間半といったところ。
さて、実行委4名はその足で神田署に向かい、荷台乗車「申請」を要求。受付で主旨を説明するといきなり「できないよ」とイイカゲンなことをまたも言われる。道交法に基づき「申請」に来ているのに、そのような問題発言は記録して全世界に公開しますよというと、「ちょっと待ってくれ」。受付脇の待合いで待機。急遽派遣されてきたのかなぜか本庁の公安1名を確認。
応対に現れた交通課3名に主旨を説明し、こちらも「交通の安全」のために「申請」に来たのだと告げる。最初に「できない」と言われてしまったため、「法理上はあくまで荷台乗車を申請する権利があるし、判断するのはあくまで出発地の管轄署の署長ですよね」として、受理を認めさせる。書類を書くにあたって必要な事項を確認し、撤収。この間一時間半。
■2006年7月27日(木) 警視庁に連絡
デモコースに関して警視庁警備課に連絡、進捗を問うと、「いま万世橋と検討中だから待って」。後で連絡あり、コースに関して調整を打診される。これを受け入れ、翌日書類を作成することで合意。
■2006年7月28日(金) デモ「申請」@警視庁/荷台乗車「申請」@神田署
実行委3名が朝一番から警視庁に。すでにコースに関しては調整済みなので、書類を書くだけと思いきや、警備に関して「がっちりやるから」などと言われる。26日の「折衝」で、あくまでデモ隊列に一般走行と同様に道交法を適用するなら、一般走行車輛がデモ隊に途中で合流したり離脱してもいいんだなと主張したことを懸念していると思われる。書類作成し、出発地の管轄署である神田署へ。
神田署で交通課デモ「申請」の書類は本庁で調整していたこともあって、すんなり提出、受理。公安委員会の「許可」待ちという段取りへ。
さて、荷台乗車「申請」。「不許可」を懸念する実行委は、不受理・不許可の場合は異議申し立てや本訴(行政裁判)を検討するという基本的なスタンスを示す。神田署は書類(※1)と条件が整わなければと許可できないと反応。レンタカーであるトラックの車種・ナンバー・諸元明らかにし、それを書類に記入し、車検証のコピーも別添でほしいという。レンタカーゆえに神田署の要望に全部こたえられない場合もあると念押ししつつ、レンタカー会社に連絡取るなどしてこちらも必要な努力はするとして、了解。また、受理から最短48時間で「決済」されることを確認。
1)荷台乗車「申請」は道路交通法施行規則第8条によって「様式第四」の書式で行なうものとされている。警視庁のウェブサイトに申請書のPDFが置かれている。【制限外積載、設備外積載、荷台乗車許可申請書(様式第四)】
具体的なこととしては乗車人数で折り合いつかず(3名か2名か)。乗員の安全確保でも「椅子を設置してほしい」と帰り際に交通課に言われ、「それはDJ乗車にとって逆に危険」と押し問答するも埒あかず。宿題に。
■2006年7月31日(月) 荷台乗車「申請」@神田署
実行委3名が正午前に神田署へ。途中、神田署警備課の勘違い(?)もあって紛糾するが、道交法に則り「申請→許可」ということが確認されて、書類上必要な情報を埋め、提出。交通課が受理。結果は最短48時間だが、木曜日には朝から許可証を取りにこれるようにしておくとのこと。
懸案の乗車人数は、DJ交代や補助者の交代時の煩雑さも想定されるので「3名」記名で落着。また椅子に関しては、デモ主催者としても「安全の確保」には留意しており、機材固定・荷台の周囲の安全確保には対応する、また荷台には他の荷物もあるため椅子はないほうが安全であるとして落着(警備課が先に同意)。
■2006年8月3日(木) 荷台乗車「許可」
実行委2名、朝一番に出ているはずの「許可証」を取りにいき、無事受け取る。神田警察署からの「許可条件」は次の通り。
1 車両前面の見やすい箇所(運転者の視野を妨げる箇所を除く。)に許可証を掲示すること。
2 荷台の乗車人員は3名以内とし、荷台の内部にロープ等により安全設備を設けること。
3 現場の警察官の指示に従うこと。
「デモの許可は?」と問うと、「まだ来てない」。逆転してはいるものの、この分だとデモも「不許可」にはならないだろうとの見通し立つ。
■2006年8月4日(木) デモ「許可」
公安委員会のデモ「許可」出る。昼前に窓口の神田署に受け取りにいく。